いざ心のドライブへ

自分にしかわからない世界。


暇だったのでドライブに行った。
中学生の頃まで住んでいた育った場所へ。

15年ぶり。
高校になるかならないかぐらいの頃に引っ越してから今までたったの一度も行ったことはなかった。行こうと思えば別にいつでも行けたのだが、わざわざ行ったところで何かする用事があるわけでもないので行こうと思わなかった。

が、なんとなく、ふと行きたくなった。

育った町は大阪内ではあるが、結構下町な場所。
もっと他にドライブする所はあるやろというのはあったがGoogleマップのナビを横目に「今、どんな風になっているのかな」との興味本位で車を走らせた。

人間、覚えてるもんですね。
ナビは横目では見つつも、特に迷う事もなくストレートに目的地に辿り着いた。

育った町の駅を通る。

チャリンコがごった返して違法駐車し放題だった駅駐輪場はキレイに整備されていた。
良い事だ。良い事だけどイメージよりスッキリした道路に何か物寂しさを感じた。

あれ?
こんなに道幅狭かったっけ?

違法駐車がなくなったのにこの狭さかよ!
昔はもっと道が狭かったことを考えると親はこんなとこを涼しい顔で送り迎えとかしてくれてたのか〜と少し感心。

駅から住んでた家までの道はさらに狭く感じた。
子供の頃はすごく広くて遠く感じてた筈の道はもの凄く狭く、そして意外に近かった。

昔、親に運転してもらって通った道路という道路を噛み締めるように走った。

途中、昔よく通ってたレンタルビデオ屋さんは無くなっていた。
まぁそらそうか。代わりにSoftbankジョップが建っていた。
キョンシーのビデオ借りまくったりしたのに。

段々と住んでた家が近付いてくる。

よく行った中華料理屋さんが視界に入った。
看板はある。けど営業はしてないし電気もついてない。
日曜やからかな?

よく行ったうどん屋さん、週末たまに行ったケーキ屋さんは今もあった。
営業も普通にしてる。あの時のまま。すごいわ。頑張ってはるわ。

よく行ったお好み焼き屋さんはなくなってた。
飯より置いてあったジャンプが目的で親には行こう行こうと言ってたのを思い出した。

週3くらいで行ってた銭湯も無くなっていた。
代わりに新居っぽいのが2軒くらい建っていた。
ちょっとショック。
向かいの古本屋さんはまだあった。
よく銭湯帰りに寄り道で立ち読みした。コミックボンボンとか。スラムダンクの単行本とか。
内緒だが、ちょっとエッチなのも立ち読みしたりもした。
当時いかに湯船に浸かる時間を短縮し、いかに立ち読みする時間を作り上げるかを第一に考えていた。銭湯の番頭さんに立ち読みしてる事を母親にチクられて良く叱られた。

古本屋さんもうどん屋さんもケーキ屋さんもすごいなぁと思った。
15年経ってもまだ変わらずやってる。
一つの事を長く続ける。一番賞賛されるべき事だと飽き症の自分は思う。

逆に今はなきお好み焼き屋さんとか銭湯とか、なんで無くなったのか、の背景までを知りたいとは全く思わなかった。

とか感じてるうちに、とうとう住んでた家のすぐそこまで来てしまった。

住んでた家に行くには更に狭い道を行かねばならない。
車でも通れるが、万一擦るのが嫌なのと、自分の足で歩いてみたいとの思いで一旦そこで車は停めた。

住んでた家へとつづく道。
親は毎日こんな道を通って家の駐車場に停めてとかしてたんか〜。
しっかし、見える景色がホント狭い、低い、小さいの三拍子。
自分がそこそこオッサンになったから当たり前なのだが。

子供の頃、近所の子と駆けっこしたその道はほんの数十歩歩いただけで終わりを迎えた。

とうとう住んでた家の前。
高校ぐらいの頃に誰に聞いたか競売に掛けられたとは聞いていたけど、確かに表札が知らん人の名前に変わってた。
でも、でもである。15年経っても佇まいは変わってね〜。もう記憶のまんまである。
まだそこに建っていたことがまず嬉しかった。

駐車場には車が停まっていなかったので、今住んではる人はどこかへお出かけ中なのかな。
駐車場の鍵、表からでも簡単に開けられるのをワタシは知っているのだよふっふっふと思ったり。駐車場の塀には蔦が生えていた。もしかしたら車には乗らない人かも知れないな。

自分の部屋だった窓を見てみたり。
今住んではる人はキレイにして住んではるやろか?
大理石でできた玄関先は少し汚れてたような。ちゃんと汚さんと長く住みや。
余計なお世話ですな。。

家の前で長居してると不審者になってしまう。(笑
ので、ゆっくり歩きながら「懐かしいな」の一心で家の前を通過。八百屋もなくなりすっかり変わった少し裏の方から遠回りして車まで戻った。

しんみりした所で帰るべ。
帰りも子供の頃車窓から良く見た景色を選んで走った。

今まで生きてきた期間の半分、15年も前にお別れしたその地を自分で訪れてみて”胸に去来するモノ”は何かしらあった。マイナスな意味でもプラスな意味でも。

過ぎた時間は戻ってこない。
使い古されたそんな当たり前の言葉を胸に突きつけられたような感覚だった。

何かこう、明日から頑張るぞ!とかあの時こうしておけば・・とかを今更思ったりはしない。
ただただ、自分は恵まれた環境で育ててもらい、色々な事を教わったという事実だけはそこに確かにあり、感じることが出来た。
そして自分が受けてきた色々なモノを何一つ誰一人に返せていない事に気付けた。

今まで生きてきた期間分、次生きれたとしたら還暦。
その時、今のような感じで生きていてはダメだと思った。

また暇になったら行ってみようと思う。
高速乗らんでも一時間も掛からんし。

また違った発見があるはず。

なんだか無性に酒が飲みたくなった!

普段飲み会以外でお酒を飲む事は滅多にないのだが、
帰りに酒屋へ寄った。

そして、買ったのがこちら

NonAlBeer

全部ノンアルである。

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